新しい機能をもつ物質(分子)を創り、その物性を明らかにする研究を行っている。
大学院理工学府 化学・生命系理工学専攻 先端化学ユニット
理工学部 化学・生命系学科 化学教育プログラム
研究概要
光化学反応の謎を解くためには、安定に存在する反応前と反応後の化合物を調べるだけでなく、反応の途中経路を調べる必要があります。 これまで、紫外光を用いて励起分子を生成後、その励起分子が消滅する前に励起分子を観測する研究や、活性酸素および紫外線吸収剤に関する研究を行っています。また、有機合成化学、量子化学、光化学、スピン化学を駆使し、「新しい機能をもつ物質(分子)を創り、その物性を明らかにする」研究も行っています。「物を創る」ということは新しい分子や材料、新しい反応などを分子レベルで設計・合成し、その物性や反応性を分子構造や電子状態から理解することです。具体的には、べンゼンやナフタレンのようなπ電子共役系有機分子、スピン機能を有するフォトクロミック分子や光機能を有する有機ラジカルなどの機能性分子の研究に取り組んでいます。物性研究で用いる主な手段は、分光計測(時間分解近赤外発光法、紫外・可視吸収分光、蛍光、りん光、時間分解りん光)、磁気特性測定(電子スピン共鳴分光、時間分解電子スピン共鳴分光)、単結晶X線構造解析です。
アドバンテージ
当研究室では光励起された有機化合物からのエネルギー移動による一重項酸素分子(¹△g状態)の生成と磁気共鳴法による検出法を研究しています。一重項酸素分子は軌道角運動量が死滅せずに残っているため、一重項状態であるにもかかわらず電子常磁性共鳴吸収(Electron Paramagnetic Resonance, EPR)による研究が可能です。現在は、気相において紫外線照射された有機化合物からのエネルギー移動により、一重項酸素分子が生成することをEPR法で直接的に確認することができます。また、EPR信号強度の減衰曲線を観測することにより、一重項酸素分子の寿命を比較的精度良く求めることが可能になりました。さらに一重項酸素分子と基底状態の酸素分子を同時に観測することが可能であるというEPR法の特色に着目し、EPR法による一重項酸素分子の定量法を開発しました。比較的低い圧力下では、全酸素分子の約30%が一重項酸素分子として存在する状態を長時間維持できる「一重項酸素発生器」と呼べるシステムの試作に成功しました。2012年度からは一重項酸素分子からの近赤外発光(約1270nm)検出装置を整備し、磁気共鳴検出と発光検出の両面から研究を行っています。
事例紹介
有機系の紫外線吸収剤として汎用されているUV-B(280-320 nm)吸収剤(ケイ皮酸誘導体、ショウノウ誘導体、マロン酸誘導体)およびUV-A(320-400 nm)吸収剤(ジベンゾイルメタン誘導体、アントラニル酸誘導体)を対象とした研究を行っています 有機系紫外線吸収剤の励起状態のエネルギー準位、寿命および発光量子収量を蛍光および寿命および発光量子収量を蛍光および、りん光測定から決定し、過渡吸収、時間分解熱レンズ、時間分解ESRなどの各種分光学的手法を併用して紫外線吸収剤が励起エネルギー(吸収した紫外線のエネルギー)を放出する機構を明らかにする研究を行っています。最近、個々のUV吸収剤の励起状態の特性を踏まえて、UV吸収剤間の三重項エネルギー移動を移動方向も含めて、電子スピン共鳴および、りん光スペクトル測定により実験的に明らかにしました(図1参照)。
紫外線から肌を守るサンスクリーン剤は紫外線のエネルギーを吸収して励起状態になりますが、励起状態からのエネルギー移動により一重項酸素分子が生成することがあります。最近では時間分解近赤外発光法を用いて、UV-B吸収剤として使用されているショウノウ誘導体(4MethYlbenzYlidene)camphorの励起三重項状態から一重項酸素分子が光増感生成することを確認し、生成量子収量および寿命を求めています(図2参照)。
主な所属学会
日本化学会 / 日本光医学・光生物学会
主な論文
『Suppresion of Riboflavin-sensitized singlet oxygen generation by L-Ascorbic Acid, 3-O-Ethyl-L-ascorbic Acid and Trolox』 「Journal of Photochemistry & Photobiology, B,191, pp116-122」 2019/2.
『Photoexcited Singlet and Triplet States of a UV Absorber Ethylhexyl Methoxycrylene』「Photochemistry and Photobiology, Vol. 89, pp.523-528」 2013/5.
『Optical and Time-Resolved Electron Paramagnetic Resonance Studies of the Excited States of a UV-B Absorber 4-Methylbenzylidenecamphor』「The Journal of Physical Chemistry A, Vol. 117, pp. 1413-1419」 2013/2.
『Photophysical Properties of Dioctyl 4-Methoxybenzylidenemalonate: UV-B Absorber』 「Photochemical & Photobiological Scieneces, Vol.11, pp. 1528-1535」 2012/09.
『Direct Observation of the Intermolecular Triplet–Triplet Energy Transfer from UV-A Absorber 4-tert-Butyl-4’-methoxydibenzoylmethane to UV-B Absorber Octyl Methoxycinnamate』 「Chemical Physics Letters, Vol. 413, pp. 63-66」 2011/08.
『Photoinduced Diffusive Mass Transfer in o-Cl-HABI Amorphous Thin Films』 「Chemical Communications,
Vol. 46, pp. 2262-2264」2010/04.
主な特許
2018-154178. 「光増感物質からの一重項酸素の生成抑制方法、及び、光増感物質からの一重項酸素の生成抑制評価方法」
主な著書
『ラジカル解離型フォトクロミック分子薄膜における光誘起物質移動』
「フォトクロミズムの新展開と光メカニカル機能材料」
(入江正浩 ・ 関隆広監修), シーエムシー出版, pp. 274 – 280 (2011)
主な研究機器・設備
近赤外発光測定装置,過渡吸収測定装置,電子スピン共鳴測定装置